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相変わらず原作に沿っているようでまるで沿っていない。
黒蝶辺りです。

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肌寒さにふるりと、小さく身震いする。宙に浮かんでいた視線を手元の本に落として、見覚えのない頁が開かれているのに気がつく。風で捲れたのだろうか。
知らぬ間にぼうやり呆けていたらしい。気を取り直そうと頭を振ると、無駄にしてしまった時間が思いやられ眉間にしわが寄った。日はとうに沈み、今いる府庫にもう人気はない。早く終えて帰らないと。


けれど、と頁を繰りつつ思う。さっきまで、何か幸せにくるまれていたような気がした。何を考えていたっけ、と記憶を探る前に、元の頁に辿り着く。
一旦思考を脇に置き筆を取った途端、ひゅうと夜風が髪を揺らす。頬を冷たく掠める空気は、微かに酒の香りを乗せていた。
不思議に思いつつ振り返ると、丁度、見知った姿が扉の前に現れた。
「楸瑛様?」
いつも通りの武官服に、花菖蒲の剣。けれどいつだって綺麗な微笑を崩さない顔が今日は仄かに赤く、妙な気迫というか、必死な雰囲気を感じる。覚束無い足取りで近寄る彼からは、明らかに酒の匂いがした。
「だ、大丈夫ですかっ」
慌てて駆け寄り肩を支えれば、彼は僅かに彷徨わせた目を伏せて、もたれるように抱きついた。
「秀、麗……殿」
緩慢な動作も弱々しい声音もまるでらしくない。確実に泥酔している。酒に弱そうには見えないけれど……噂に聞く羽林軍の魔の宴とやらだろうか。
武官たちの健康が少々心配になりつつも、とりあえず彼を座らせようと、肩を支えながら一歩後ろに下がる。途端、背中に回された腕に力が篭る。
「あの……今水持って来ますから座っていてください」
背後の腕を解こうと彼の手に手を掛けた時、肩口に零された彼の吐息が首筋をくすぐった。思わずびくりと体が跳ねる。その間に掌を返して重ねられた手を掴むと、彼は、数歩下がって跪いた。
先程までの不安定さを窺わせない優雅な所作で、取った手の先に口付けを落とす。
「愛しています、秀麗殿」
再び上げられた顔は変わらず上気しているけれど、しっかりした声。なにより、真っ直ぐに自分を見つめる目に吸い込まれて、言葉を理解するのに暫く掛かった。


沈黙の後に零れたのは、え、と疑問を乗せた短い音。ほとんど無意識に彼の手を頬に当てる。大きな手は子供のように熱かった。
「酔って、いらっしゃいますね」
分りきった事実をゆっくりと唱える。分っているのに、鼓動がやけに煩い。何故こんなに力の篭った目をしているんだろう。彼がいつも真意を隠すように心に纏う紗さえ、今は感じない。彼の全てが直に伝わってくるような。
目を、逸らした。
「水を持って来ます」
微笑んで踵を返そうとすると、するりと抜けた彼の手が顎を捉えた。気がつけば整った顔が目の前にあって。唇が、重なった。


瞬きもしないうちに顔は離れて、彼の手が頬へと滑る。指の腹で優しく撫でられた。視線を再び捕えられる。
「確かに、酔ってる、けど」
真っ直ぐな目の奥が、とろりと溶けるように見えた。
「本気、だよ?」
頭がまるで回らない。呑まれてはいけない、でも、一体如何返せばいい?彼は苦笑するように続ける。
「酒の酔いなんて使いたくなかったけど、思い切りがつかなかった」
ふいと、彼の目がさっきまで座っていた書き物机を見遣る。
「後宮に、入るのかい?」
「……はい」
「秀麗殿の描く世界が、見てみたかった。優しい世界が。無防備なまま武官まで守ろうと飛び出した貴方の、作る世界が」
ゆっくりと言葉を紡ぐ彼の横顔は、机ではない、もっと遠くを見つめるように。熱に浮かされたように。偽物ではない微笑みを浮かべる。ただ、目元に自嘲が滲むような。
再び手を絡め取られて、引き寄せられる。
「貴方は……王を選ぶんだろうね。でも、私は……」

あなたがすき、と。

甘やかに囁くような声が消えると同時に、彼の膝が折れる。慌てて手を伸べるが咄嗟に支えきれる訳もなく、一緒にへたり込んでしまった。
前傾し肩にもたれた顔を見れば、すう、と穏やかに眠っている。
揺すれば起きるかもしれない。武官なのだし。けれど、起こして、如何するのだろう。
唯迷走するばかりで前に進まない思考に、苛立ちと諦め混じりで目を瞑る。
ふっと、暮れ方の白昼夢が甦った。いろんな人の顔。守りたいと願った人々の顔。多くの笑顔。それから、応援してくれた人。父様、静蘭、絳攸様、それに、……
ああ、と溜め息が零れる。
困惑、だけではないのだろう。答えから、逃避を企てている。



――揺らがないはずの、決意が。

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「武力は、使いません。私が行きます」
はっきりとした意思。何年経っても変わらない強い想い。
守ってあげたいのに。あらゆる妨げを、振り払ってやる力があるのに。
けれど彼女の望む、誰も傷つけぬ解決とは、違うから。
いや、誰も、に私も含まれるから。

「行ってきます」
守りたいと、願うのに。彼女の前で、盾となり剣となりたいのに。
そんな頑固で優しい彼女が好きだから。
できる限りの防衛を張って、でも送り出すしかないのだろうか。


彼女はいつだって私の前に出て、力を持たぬ腕でけれど困難を払い除け人々に手を差し出す。
彼女はずっと前にいて、私は背中を見るばかりで、追いかけても、ほんの僅かな助けにしかなれない。
もっと助けたいのに守りたいのに前に在りたいのに。

せめて。隣で、並んで。手を繋ぎともに戦えればいいのに。
支え合えれば、いいのに。
それも、許されないのか。


彼女にとって、私は、守るべき大勢の一人に過ぎないのだろう。
頼ってほしい。もっと。
信用して、分かち合って、ともに戦いたい。

けれどそれは、自分から駆け寄らねば埋まらぬ距離。
この想いが、本当なら。自分に、確かと誓えるのなら。


今度こそ、追いかけよう。
無茶な作戦、けれど彼女が望むなら。
隣で、助けるために。
――藍様?
問い掛けるような艶やかな声にやっと我に返る。その事に驚き、僅かに戦慄した。
窺うような声はしかし欠片も気遣う色などない。むしろ嘲りすら感じられる。
――そんなに見つめてなんだい?
軽く返したら、座敷で呆けといてよく言うねと一蹴された。
それは、そうだ。話している最中に突然黙り込むのはどう考えても不自然である。我ながら馬鹿げた返しだ。

彼女と言葉を交わし酒を酌み交わして、その最中。
しかし。
自分の目が映すのは彼女であり、彼女でなかった。自分でも、気づかぬほど自然に。自分の思考は一人の少女に満たされていた。
少女の語りかける口調、前を見据える眼差し、皆に向けられる笑顔、小柄な体躯……思い浮かべた姿、その全てが私を魅了する。

こんなにも、一人の少女に惹かれるなんて。かつて兄の嫁に横恋慕し、王都に逃げ出した自分が。可笑しくなる。
けれど、少女もまた自分のものにはならないのだろう。
目の前で睨む彼女、だけではない。いろんな人から愛される少女、そして皆を愛する少女。自分が少女のたった一人になれるとは思えない。仕える優しい王を、裏切ることも。


ふと視線を上げると、月が見える。秀麗殿には陽のほうが似合うかな、と思いながら、全ての想いを断ち切るように、楸瑛は、目を閉じた
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水音
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非公開
自己紹介:
日本と誕生日一緒な女子。そこらへんにいる学生ですが彩雲国とヒバツナとサンホラを与えると異常行動を起こす可能性があります。
危険物質→楸秀、ヒバツナ、サンホラ
準危険物質→角川ビーンズ、NARUTO、京極夏彦、遙か、新体操
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