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ようやく生徒会の仕事が終わった。ほっと息をついた少女は、手早く荷物をまとめると廊下へ出る。
もともとこの一階は教室が少なく、さらに今はテスト前。よってこの静かな廊下には少女の革靴による足音が響くほか、何の音もなかった。
少女が、こんなに高い革靴を上履きにするなんて無駄だとか、今日の晩御飯何にしようだとか、ぼんやり考えながら歩いていたら。


振り乱し喚く高い声と、続いて聞こえた、頬をはたくパシッという鋭い音。校舎裏からだろう。
――痛そう
少女の顔が一瞬引きつる。しかし。
この学校は割合穏やかなもので、先生方は叱っても大抵体罰には至らない。まあ恐ろしく毒舌な先生は若干名いるが…… とりあえず喧嘩もそうそうない。
と、すると。考えるまでもない結論に、ほとんど確信を持って窓の外を見やる。
――あ、相変わらず……っ

窓の外には、生徒会の先輩――楸瑛先輩がいた。女連れの。しかも女子は泣いている。
しかし楸瑛はいつもの読めない微笑を浮かべ、ただ立っているだけ。
「ふざけないで……っ」
女子が叫び走り去るのも、その場にただ佇み眺めている。
そして、角に後姿が消えるとはたかれた頬に手をやりながら……
振り返った。
「やあ、秀麗。どうかしたのかい?」
にっこりと笑い問い掛ける。
「……よくそんな直後にそんなセリフでにっこり話しかけられますね」
一階ではあるが多少離れているため油断していた。そういえばこの先輩は何故か異様に気配に敏いのだ。まあ見つかったのなら仕方ないので、諦めて楸瑛の方へ近づいてゆく。と。
ひらりと開いた窓から楸瑛が入ってきた。スタイルがいいのでなんだか格好いいが。
「なにやってるんですか」
もちろん彼は外履きだ。しかしまたも笑うと。
「秀麗をもっと近くで見たかったから」
一瞬、頬が火照った。いや、照れたとかじゃない。はず。すっと一呼吸して。

「そういうの、やめた方がいいですよ」
一気に吐き出した。
「先輩にわざわざこんな事、差し出がましいでしょうけど。こんな思わせぶりな事して、気まぐれに付き合って、別れて。そりゃみんな先輩に骨抜きで例え遊びでも嬉しいのかもしれませんけど、そのうち嫌われますよ。それに」
一瞬何故か言葉につまって、視線を僅かにずらして慌てて繋ぐ。
「……本当に好きな人ができた時に、信用されませんよ?」
仄かに、笑う気配がした。気がした。
そして。

秀麗は思わず目を見開いた。楸瑛の体が異常に近い。いや……
――抱きしめられてる!?
「そんな真摯な言葉を頂けるとは嬉しいね」
囁かれた言葉にはっと意識を取り戻し、もがいて楸瑛の腕から抜け出す。
「そういうのをやめた方がいいって言ってるんです!」
「さっき別れたのは別に気まぐれじゃない」
割り込むように話し出す。
「自分の心がどこにあるか、やっと分かったから。彼女にも悪いし、愛しい人にも悪い」
秀麗ははっとした。心なしか鼓動が速くなった気もする。なのに、血の気が引いていくような。
「誰ですか?その先輩が本気で好きになったと主張される方は」
皮肉ったつもりがあまり力がなく自分でも驚いた。見抜かれただろうか。
「秀麗、君だよ」
真っ白。秀麗の脳内は一瞬にして空っぽになった。
「……顔、赤いよ?」
「だ、黙ってください!そういうのさらっと言わないでくださいよ!」
――それとも、また一種の口説きテクなのか。
無意識だが白い目で見ていたらしく、楸瑛がはあ、とため息をつく。
「信じてないね……でも愛してるよ、秀麗」
また、秀麗の脳内がフリーズする。
呆けて立ち尽くす秀麗に、くすっと笑いながら楸瑛はまた窓から出て行った。

――まったく、何をやってるんだか。
真っ白な脳内を掠めた言葉に、秀麗は自分でも誰に言っているのか、分からなかった。
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真昼の生徒会室。
狭くはないその部屋にいたのはしかし二人。
一人は懸命に書類の山と闘い、けれどもう一人はすでに仕事を片付け周りを整理していた。

「手伝おうか?」
「いえ、私の仕事です」
「でも昼食食べられなくなるよ」
「サンドイッチ三つですから大丈夫です」
「実は弁当を忘れてきてしまってね。カフェテリアも今日やってないし作ってくれないかい?」
「どうせ貴方のために作ってきている人いくらでもいるんじゃありませんか?私は仕事がたくさんありますから」
「……つれないね」

まあ確かにその通りだが。
さっと少女の隣に立った青年は机の書類を手早く整理していく。
女性初の生徒会役員に僻んでいるのか次々不正の道をふさいでいく彼女が目ざわりなのか。随分と関係ない仕事まで押し付けられているようだが。ふと少女の隣の書類を取り上げる。
……と見せかけて少女の耳元に唇を寄せるとそっと囁いた。

「私のために作ってくれた、君の料理が食べたいな」

少女はパッと耳を押さえ顔をそむけた。が、頬が赤く染まっているのが見てとれる。
かわいいなあと青年が眺めていると、少女はため息を吐きすくっと立ち上がって隣接するキッチンへ向かった。

「心臓に悪いので止めてくださいっ」

怒ったような照れたようなその声にくすっと笑いながら、今しがた彼女の座っていた椅子を借り書類に目を通していく。
――秀麗に害をなす輩は、許さない
一瞬物騒な光を目にともし、しかしすぐいつもの読めない微笑に戻した青年は後で締めるべく仕事を押し付けた不届き者を次々リストアップしていった……

陽がやっと山から顔を出したが、まだ辺りは寒い。
だが、秀麗は息が上がり、むしろほてっていた。

「だいぶ上達してきたね。」
「そうでしょうか。あまり進歩ない気がしますが…」
「そうでもないよ。あくまで非常時の護身なのだし。」
そう、秀麗は昨日から楸瑛に頼んで簡単な護身術を教えてもらっている。
「秀麗殿は私がちゃんと守るしね。」
相変わらずの科白と綺麗な笑顔に、秀麗は少し困ったような笑みを浮かべたが、すぐ気を引き締めて、自分より高い位置の顔を見上げる。
「もう一回お願いします。」
「ずっと乗馬なのに早起きして、疲れてるんじゃないかい?」
「大丈夫です」
とはいってもだいぶ疲れている様子がうかがえる。楸瑛はしばし考えて、あと一回ならと返答した。
「お願いします!」

ピンッと空気が張る。
右、左、右。
秀麗は身軽にかわしていく。もともと反射神経は良かったうえ、覚えが速いため身のこなしが確実に上手くなっている。が。
「痛っ」
かわしているうちにすべって転んでしまったらしい。
「すまない。大丈夫かい?」
慌てて楸瑛は手を差し伸べた。秀麗の手をとって立ち上がらせる。が、力が強かったらしい。
「きゃっ」
勢いで、二人は抱き合う形になってしまった。


 ――こんなにも、儚い
楸瑛は意図せず抱きしめてしまった秀麗に、思わずそう感じた。
 ――こんなにも小さな少女が、朝廷の官吏を押し切り、自身を恨んでさえいる人々を助けようとしている
心に積もる何かには気づいていた。彼女はどこにでもいるような少女だが、その理想は高く。
思わず、腕に力がこもった。

 ――左羽林軍将軍、王のため命を散らす、武官……
勢いで抱きついてしまった楸瑛の体。
普段は文官のような服装と優雅な動作で忘れがちだけれど、大きくしっかりとした体つき。剣を握る者特有の手。
 ――武力で人を抑えるのは簡単。でも、誰も傷つけたくない。民を、武官も……藍将軍も。だから、私が行く。不安がないなんて嘘だけれど、誰も、傷つけさせやしない


どちらからともなく離れる。けれど、静かに互いを見つめる視線は外されず。


しかしふと、秀麗は煙の上がってきた空き地に目を移した。
「もうすぐ、朝食ですね。行きましょう。」
楸瑛は立ち尽くして、歩き出した秀麗をしばらく見ていたが。
「秀麗殿」
何故か思わず呼び止めてしまった。振り向く秀麗にまた言葉を詰まらせてしまったが、なんとか言葉を搾り出す。
「気をつけて……行ってきなね……」
秀麗は、いつもと違うどこか不安そうな様子に目を見張ったが、にっこり微笑むと応えた。
「そうします。」
その微笑にはっと気を取り戻し、楸瑛はやっと動きだした。
そして、秀麗のところまで行くと……ひょいっと横抱き、いわゆるお姫様抱っこにして食事場まで歩き出す。
「ひ、ひとりで歩けますよ!」
「疲れただろう?まあいいじゃないか」
そういってにっこりと笑う楸瑛はもうすっかり元どおりで。早鐘を打つ胸を沈めながら、けれどまあいいかと秀麗はそのまま食事場へむかうのだった。

街を彩る明るいイルミネーションと溢れ出すような人混み。
「はぐれそうですね」
思わず零せば彼は繋いだ手を持ち上げ口づけて。

「見失うわけないよ。秀麗より美しい光なんて、ないからね」

一瞬頬が熱くなって、うつむく。
けれどまた歩き出して、見上げれば、彼は綺麗な笑顔を浮かべていて。
常に浮かべているそれとは違う、心からの笑みに、見蕩れた。

――貴方の方こそ、聖夜を輝かせる私の光なのに
こっそり、心中で呟いて。

道でたまたま会った彼女。
腕には大事に育てられたのだろう、健やかな子犬。
捨て犬だったのだという。
好奇心に目を輝かす子犬はそんなことまるで知らぬように身を乗り出してくる。
可愛い。彼女並べばさらに相乗効果。
でも、彼女があんまり愛しそうにそちらばかり見つめるから。
「名前は?」
質問にやっと此方を向いてくれた顔は微かに紅く染まっていた。躊躇った後、目を逸らし告げる彼女。
「……ひさぎ」
「…………」


――ああ、なんて可愛いんだろう!
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水音
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非公開
自己紹介:
日本と誕生日一緒な女子。そこらへんにいる学生ですが彩雲国とヒバツナとサンホラを与えると異常行動を起こす可能性があります。
危険物質→楸秀、ヒバツナ、サンホラ
準危険物質→角川ビーンズ、NARUTO、京極夏彦、遙か、新体操
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