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真昼の生徒会室。
狭くはないその部屋にいたのはしかし二人。
一人は懸命に書類の山と闘い、けれどもう一人はすでに仕事を片付け周りを整理していた。

「手伝おうか?」
「いえ、私の仕事です」
「でも昼食食べられなくなるよ」
「サンドイッチ三つですから大丈夫です」
「実は弁当を忘れてきてしまってね。カフェテリアも今日やってないし作ってくれないかい?」
「どうせ貴方のために作ってきている人いくらでもいるんじゃありませんか?私は仕事がたくさんありますから」
「……つれないね」

まあ確かにその通りだが。
さっと少女の隣に立った青年は机の書類を手早く整理していく。
女性初の生徒会役員に僻んでいるのか次々不正の道をふさいでいく彼女が目ざわりなのか。随分と関係ない仕事まで押し付けられているようだが。ふと少女の隣の書類を取り上げる。
……と見せかけて少女の耳元に唇を寄せるとそっと囁いた。

「私のために作ってくれた、君の料理が食べたいな」

少女はパッと耳を押さえ顔をそむけた。が、頬が赤く染まっているのが見てとれる。
かわいいなあと青年が眺めていると、少女はため息を吐きすくっと立ち上がって隣接するキッチンへ向かった。

「心臓に悪いので止めてくださいっ」

怒ったような照れたようなその声にくすっと笑いながら、今しがた彼女の座っていた椅子を借り書類に目を通していく。
――秀麗に害をなす輩は、許さない
一瞬物騒な光を目にともし、しかしすぐいつもの読めない微笑に戻した青年は後で締めるべく仕事を押し付けた不届き者を次々リストアップしていった……

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カタカタカタ……
軒が道を進む音に、秀麗は後ろを振り返った。目に映るのは……予想通りの見知った軒。昔は三、四日ごとに我が家を訪れていたこともある藍家のもの。
ぼんやりと見上げていた秀麗は、思わずぽつりとその軒の主の名を呟いた。
「藍将軍……」
さして大きい声ではなかったのだが、乗っている人物には届いたようだ。
窓から覗いたのは男性にしては整った綺麗な顔。藍家四男――楸瑛。
「秀麗殿」
やや驚いたように声をかける顔は数日前、清雅に連れ出されたのを迎えに来てくれたときのまま見慣れたものなのに。懐かしいようなホッとしたような感じがして思わず涙腺が緩みかけ、秀麗は慌てて顔を上向かせた。

「どうしたんだい、こんな所へ」
楸瑛の問いに秀麗は用意していた答えを返す。
「牢の見回りとたまたま重なったんです」
そう、それは半分は本当。
「それより、藍将軍はどちらへ?」
聞くまでも無い。彼の決心と道の行く先を照らせばすぐに分かること。
「……藍州へね。」
当然の答え。だが胸にツキンと何かが突き刺さる。
「それと、もう『将軍』ではないんだけれど」
「そうでした、……楸瑛様」
いや、今気がついた振りをしただけ。その響きが手放せなくて。
「それではね。秀麗殿」
また前を向こうとする楸瑛に、秀麗は今度こそ行ってしまうと恐ろしくなって咄嗟に話しかけた。
「……っ貴方には軒より馬の方が似合ってましたね」
楸瑛が振り返ったのを見て安堵したものの、秀麗は自分の諦めの悪さに自嘲しかけた。
「なんでもありません……いろいろお世話になり、ありがとうございました。藍将軍」
堪えきれず後ろを向く。
呼称を変えないのは、最後に下らない事を言ってしまったのは、しがみつきたかったから。
離れていくのが耐えがたかったから。
いつもの自分らしくない。
けれど……




離れていく秀麗を見て、楸瑛は胸のどこかが僅かにツキリと痛むような感じがした。
と、秀麗の裏行、蘇芳が近づいてくるのが見える。
「おじょーさん、今回の見回りわざと順路変えて遠回りしてたんだけど」
はっと楸瑛は視線を離れていく背中に戻した。
「どーしてだろーね」
外はすっかり闇に包まれ、細やかな雨粒が静寂の中を降りてゆくのみ。
さすがに人気が無くなる夜の回廊を歩いていると、前を青年が歩いているのを見つけた。
が、書簡を抱えてどこへ行くのかと思えばどんどん外朝のはずれへ近づいていく。
歩調を速め秀麗はその青年に追いつくと話しかけた。
「あの、絳攸様ですか」
「っ、ああ、秀麗か。どうした」
絳攸の顔を覗き込んだ秀麗は驚きに目を見張った。
目の下には相当年季の入った隈があり、表情で繕っているものの疲労がありありと出ている。
「お仕事が忙しいんですか?」
「まあ、な。だが一段落ついたところだ」
「府庫の仮眠室までお供しましょうか」
「……ああ、頼む」
しかし本当に疲れているようで、しっかり歩いてはいるが時折フラッと体が傾く。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫だ」
そうは言っても応えはあまり覇気がない。外朝の地図を頭に浮かべ、一番近い部屋を探す。
――私の部屋ね……
アレを考えるとあまり薦められないが。しかし早く休んだ方がいいだろう。
「その、早く休まれた方がいいと思いますから私の部屋を使いますか? 多分一番近いかと」
「すまないな」
方向を変え、暫く歩く。するとすぐに自室が見えてきた。
中に入り、仮眠用の布団を敷く。……清雅に見立てひどく八つ当たりした布団に師を寝かせるのもどうかと思ったが仕方あるまい。
「子守唄に二胡でも弾きましょうか」
そう言って秀麗はたまたま持ってきていた二胡を手に取った。
弓が滑りだし、暖かく優しい旋律が流れ出る。秀麗は眠りに落ちてゆく絳攸の寝顔を眺め、頬が緩むのを感じた。
――懐かしい、心地よい空間
ここまで穏やかな気分になったのは随分久しぶりの気がする。
……そして、何時しか秀麗もまどろみ、夢の世界へと旅立って行ったのだった。



その日、泊り込みで調べ物をすることにした清雅は府庫にいた。しかし思いのほか早く終わったため回廊を自室へと歩いていく。
角を曲がると、途端に二胡のやわらかな旋律に包まれた。その音に誘われるように近くの一室へと向かう。
戸は閉まっていたが鍵はかかっていない。そっと開け中に入ると、秀麗が二胡を弾いていた。気づいた様子は……無い。
完全に寝たのを確認し二胡を置いた秀麗の顔はとても優しくて。清雅は気に入らなかった。
声をかけようとした途端、秀麗の首がカクッとなったかと思うと絳攸の腹部に被さるように倒れた。随分眠かったらしく、熟睡体勢だ。
そろっと近づいてゆく。目を覚ます気配は無い。すぐ傍まで来ると、布団で眠る人物が見えた。
――李吏部侍郎、か
親しい間柄にあったことは知っている。が、寄り添い眠る姿はまるで恋人のようだ。
――ふんっ、タヌキの教育も成果を上げていないようだな
まあ女嫌いで有名で鉄壁の理性と評判の師匠に、そっち方面で気を張りやしないのだろうが。
秀麗は無防備な寝顔を晒して眠り込んでいる。
と、唐突にその安らかな寝顔が険しくなり、眉間にしわが寄った。
「……せ……が」
忌々しげに呟く。それを聞き取り清雅は軽く目を見張ったが、やがて口の端を吊り上げるようにして笑った。
「……おもしろい」
李侍郎を見つめていた優しいまなざしを思い出す。敬愛する師の傍らで安らかに眠っているかと思えば。夢に見ているのは……
まあ、布団が悪いのかもしれないが。この女は布団に八つ当たりする声が、立ち聞きするまでも無く回廊に響いているのを知っているのだろうか。
清雅は秀麗の傍にかがむと、零れた髪を掬い上げ、口付けた。
「せいぜい足掻け。いつか必ずズタズタにして叩き落してやる」
そして立ち上がり、倣岸な笑みを残して自室へと部屋から出て行くのだった。
静かな廊下に自分の足音が響く。普段ならもっと騒がしいが、今は日の出のころだ。州府には本来誰もいないはずである。

……しかし、なかば確信を持って戸を叩いた。
「入ります。」
さっと戸を開け中に入ると、やはりというか書簡をあわててしまおうとしている紅州牧がいた。
「……今は勤務時間外だと思うのですが」
「えっと……すみませんっ」
せっかくの可愛い顔が隈で台無しだ。
「もう少し体をいたわるべきではありませんか?体を壊しては元も子もありませんよ」
「……ところで柴彰さんこそどうして此処に?」
いささか強引に話をずらされたがそうはさせまい。
「私は目が覚めてしまったので燕青殿の前話していた心配事を思い出しまして早くきてみただけですが」
うっと紅州牧は顔を引きつらせている。
「燕青と静蘭には内緒にしてください……」
「それはいいですがもう少し自重してくださいね。それと……これをどうぞ。」
いままでずっと脇に抱えていた包みを渡す。
「これは……」
彼女は包みを開いて中を見ると、目を見開いた。
それを見て私は思わずクスッと笑ってしまう。驚きでポカンとしている紅州牧なんてそうそう見られるものではない。
「この腕飾り……柴彰さんからですか?」
「そうですが。如何されました?」
「いえ、柴彰さんも贈り物するんですね……あっ、す、すみませんっ」
慌てた声にまたも笑みが零れそうになる。あんまりといえばあんまりだが、私はまあ仕方ないのだろう。
「いや。もう王都に戻られるのでしょう?それなので」
「素敵ですけど……こんな高そうなもの頂けませんよ」
彼女らしい。まあ商人が財布の紐を緩め時間を割いたものだから断られても困るのだが。と、ちょっとしたいたずら心が起きた。
「早くしないと代金を頂きますよ」
えっと彼女がつまった瞬間、私は彼女の頬に軽く口付けた。
触れるだけのような本当に軽いものだったが、彼女は完璧に固まってしまう。
「ではこれで帳消しですね」
にっこりと笑い踵を返す。そのまま扉に手をかけたところで彼女を振り返った。
「ちなみにその腕輪、実は私の手作りなんです。かなり遅くなりましたが秋祭りの贈り物。こちらの習慣では……知ってますか」
えっ、と我に返りこちらを振り向いた彼女の、頬を赤らめた顔を眺めながて。
今度こそ部屋から出ていった。


……ちなみにその後たまたま早く来ていた燕青は彰の裏のない心からの笑みという世にも珍しいものを見て、明日は丈夫な傘を持ってこようと思ったとか。
陽がやっと山から顔を出したが、まだ辺りは寒い。
だが、秀麗は息が上がり、むしろほてっていた。

「だいぶ上達してきたね。」
「そうでしょうか。あまり進歩ない気がしますが…」
「そうでもないよ。あくまで非常時の護身なのだし。」
そう、秀麗は昨日から楸瑛に頼んで簡単な護身術を教えてもらっている。
「秀麗殿は私がちゃんと守るしね。」
相変わらずの科白と綺麗な笑顔に、秀麗は少し困ったような笑みを浮かべたが、すぐ気を引き締めて、自分より高い位置の顔を見上げる。
「もう一回お願いします。」
「ずっと乗馬なのに早起きして、疲れてるんじゃないかい?」
「大丈夫です」
とはいってもだいぶ疲れている様子がうかがえる。楸瑛はしばし考えて、あと一回ならと返答した。
「お願いします!」

ピンッと空気が張る。
右、左、右。
秀麗は身軽にかわしていく。もともと反射神経は良かったうえ、覚えが速いため身のこなしが確実に上手くなっている。が。
「痛っ」
かわしているうちにすべって転んでしまったらしい。
「すまない。大丈夫かい?」
慌てて楸瑛は手を差し伸べた。秀麗の手をとって立ち上がらせる。が、力が強かったらしい。
「きゃっ」
勢いで、二人は抱き合う形になってしまった。


 ――こんなにも、儚い
楸瑛は意図せず抱きしめてしまった秀麗に、思わずそう感じた。
 ――こんなにも小さな少女が、朝廷の官吏を押し切り、自身を恨んでさえいる人々を助けようとしている
心に積もる何かには気づいていた。彼女はどこにでもいるような少女だが、その理想は高く。
思わず、腕に力がこもった。

 ――左羽林軍将軍、王のため命を散らす、武官……
勢いで抱きついてしまった楸瑛の体。
普段は文官のような服装と優雅な動作で忘れがちだけれど、大きくしっかりとした体つき。剣を握る者特有の手。
 ――武力で人を抑えるのは簡単。でも、誰も傷つけたくない。民を、武官も……藍将軍も。だから、私が行く。不安がないなんて嘘だけれど、誰も、傷つけさせやしない


どちらからともなく離れる。けれど、静かに互いを見つめる視線は外されず。


しかしふと、秀麗は煙の上がってきた空き地に目を移した。
「もうすぐ、朝食ですね。行きましょう。」
楸瑛は立ち尽くして、歩き出した秀麗をしばらく見ていたが。
「秀麗殿」
何故か思わず呼び止めてしまった。振り向く秀麗にまた言葉を詰まらせてしまったが、なんとか言葉を搾り出す。
「気をつけて……行ってきなね……」
秀麗は、いつもと違うどこか不安そうな様子に目を見張ったが、にっこり微笑むと応えた。
「そうします。」
その微笑にはっと気を取り戻し、楸瑛はやっと動きだした。
そして、秀麗のところまで行くと……ひょいっと横抱き、いわゆるお姫様抱っこにして食事場まで歩き出す。
「ひ、ひとりで歩けますよ!」
「疲れただろう?まあいいじゃないか」
そういってにっこりと笑う楸瑛はもうすっかり元どおりで。早鐘を打つ胸を沈めながら、けれどまあいいかと秀麗はそのまま食事場へむかうのだった。
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自己紹介:
日本と誕生日一緒な女子。そこらへんにいる学生ですが彩雲国とヒバツナとサンホラを与えると異常行動を起こす可能性があります。
危険物質→楸秀、ヒバツナ、サンホラ
準危険物質→角川ビーンズ、NARUTO、京極夏彦、遙か、新体操
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